やまなし、おちなし

いみもなし。

徒然の記 はじまりのとき

 

 

新型コロナウイルスの影響が、私たちの生活をリアルに侵食しているのを感じる。果たして、最初に話題になったのはいつのことだったか。そんなに昔の話ではないのに、私はもう覚えていない。

 

***

良いことにせよ悪いことにせよ「はじまりのとき」を覚えておくのは難しいと思う。はじまった瞬間は、それがどんな形で未来に続いてくるかなんて分からないから。

中国で発生した新型コロナウイルスが、こんなにも日本列島を怯えさせるなんて、多くの人は考えなかったんじゃないだろうか。

 

***

私が主に趣味の情報収集に使うTwitterでは、日付の書かれた画像とともに、こんな風な呟きが時たま流れてくる。

推しと出会って○○日が経ちました。これからも大好きです。

推しと出会った「はじまりのとき」を記録できる彼女たちは、自らの"好き"へのアンテナに敏感だ。

恐らく「はじまりのとき」は彼女たちの中で光を放っていたことだろう。日付という目印付きで、いつでも思い出せるくらいに。

振り返ってからようやく自分の"好き"に気付ける鈍感な私は、それをなんだか羨ましく思ったのだ。

 

***

ふと思い立って夜中にこんな散文を書き殴ってしまった。いや、少し違うかも。いつかこの忘れられたブログを生き返らせてやるつもりだった。ようやくだ。なんでもなかった今日だけど、「はじまりのとき」として、ここに刻もう。